Innocent Room

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2008読売ジャイアンツ 投手詰め合わせ【再現選手】

2008年巨人記事の続きです!

 

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今回は、当該年度であまり一軍で投げていなかった投手を「詰め合わせ」という形で紹介します。

 

 

15 辻内崇伸

(一軍登板なし)

高校時代は最速156km/hを記録した元・超高校級サウスポー。しかしプロ入り後はケガのデパートと化し、毎年のようにリハビリに追われていた。

結局一軍登板を果たせないまま引退し、現在は妻の実家の秋田で第二の人生を模索している。

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17 姜建銘

(一軍登板なし)

台湾からやってきた若手右腕。

2006年には8先発ながらも4勝・防御率1.81を記録。コントロールを武器に将来のエース候補に急浮上した。しかし翌年にフォームを崩しイップスに陥ると、自慢のコントロールまで悪化し売りがない状態に。

転落は2008年も止まらず、ついに一軍登板を果たせぬまま戦力外となってしまった。

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22 福田聡志

(2登板 0勝0敗 2 1/3回 7.71)

150km/hオーバーの速球と鋭く曲がるスライダーが武器の投手。大学時代は世代ナンバーワン投手と言われた。

しかしプロ入り後は制球難に苦しみ続ける。素質はピカイチでも結果に結びつかず、本格化するのは2012年までお預けに。

その後は……ここでは触れないでおきます。はい。

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27 門倉健

(11登板 0勝2敗2H 12 2/3回 3.55)

10勝しても10敗する投手。

中日・近鉄・横浜の各球団で先発ローテの一角として活躍。2005年には最多奪三振のタイトルにも輝いた。

2006年オフにFAで巨人に移籍。当時の弱小投手陣を救う活躍を期待されるも、2年間で1勝しか挙げられず。当該年度はほとんどが中継ぎでの登板に終わる。現在は中日の二軍投手コーチ。

 

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28 金刃憲人

(8登板 0勝2敗 23 2/3回 7.99)

前年にルーキーながらも先発ローテに入った期待の若手左腕。

とはいえ2007年も後半戦には疲れから調子を落としており、2年目のシーズンは不安視されていた。案の定予感は的中し、投げては打たれの連発に。

その後も巨人では復活ならず。移籍した楽天では左のリリーフとして復活し、2013年の日本一に大きく貢献した。

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33 野間口貴彦

(17登板 2勝3敗 52 2/3回 4.97)

マチュアNo.1投手と謳われ、大きな期待と契約金をかけられた本格派右腕。

しかしスピードこそ出るものの、細かい制球力がないことやシュート回転して威力に欠ける直球だったことが響き一軍定着はならず。晩年はサイドスローに転向したが成功には結びつかなかった。

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36 村田透

(一軍登板なし)

上原浩治投手と同じ大学出身、かつ本格派右腕と「上原二世」の呼び声にふさわしいスペックを持った右腕。

巨人時代はとにかくケガとの戦い。入団前から右肘痛や右足首の靭帯断裂という爆弾を抱えており、球威も制球も一軍レベルに達しないまま戦力外を受けてしまう。

その後は米球界に挑戦し、一軍登板なしからメジャーリーガーまで這い上がった。この様な生き様も「上原二世」だろう。現在も日本ハムで現役を続けている。

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38 上野貴久

(一軍登板なし)

社会人からの入団で即戦力を期待された左腕リリーフ投手。

だがプロ入り後は即戦力はおろか一軍戦力としても働けない日々が続いてしまう。原因は、社会人時代に武器だった制球力をプロで失ってしまったこと。コントロールが売りのはずなのに毎年イニングの半分近くの四球を出してしまっていた。

現在は古巣のNTT東日本で社員として勤務しているとのこと。

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39 吉武真太郎

(3登板 0勝1敗 2 1/3回 11.57)

かつての鷹のリリーフエース。2005年・2006年には60登板も果たした実力者。

2006年オフに小久保裕紀選手の人的補償で巨人に移籍。前年の2007年は少ない出番ながらもベテランの味を発揮し防御率1点台を記録したものの、移籍2年目の2008年は開幕から打ち込まれて即二軍降格。そのまま世代交代の波に飲み込まれ戦力外となってしまった。

現在は巨人のスカウトを務める。

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46 野口茂樹

(一軍登板なし)

1999年のMVP左腕、1998年・2001年の最優秀防御率投手。かつては日本を代表する先発サウスポーだった。

2002年の故障離脱以降は圧倒的な投球に陰りが見え始め、徐々に炎上が目立つように。一時はトレード要因に名前が上がることも。

その転落は巨人へのFA移籍後も止められず。在籍した3シーズンで一回も主戦力として貢献できない結果に終わった。

現在は愛知県の企業で営業マンとして第二の人生を歩んでいる。

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57 古川祐樹

(一軍登板なし)

公称169cmの低身長ながらも切れ味のあるボールを投げ込む左腕。

手薄だった左のリリーフ候補としてルーキー年から注目されるも、左肩痛に襲われ長期離脱となってしまう。結局1軍登板を果たしたのは翌2009年のみという結果に。途中サイドスローに転向するも活路は開けず。

現在は巨人のデータ分析室所属。

 

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59 深沢和帆

(一軍登板なし)

独立リーグ史上初の支配下指名を受けた投手。四国アイランドリーグからの入団時には「レタス畑の星」とも呼ばれた。

しかし入団後は相次ぐ故障と制球難に苦しみ、わずか2年で戦力外通告を受けてしまった。その後はアイランドリーグに復帰している。

紆余曲折を経て現在は駿府甲府高校の野球部監督に就任。

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60 深田拓也

(一軍登板なし)

かつて日米野球MLBのHR王だったライアン・ハワードから三振を奪ったサウスポー。再現年度の2008年当時は投手陣のプロスペクトのひとりだった。

前年に二軍で最優秀防御率と最高勝率を記録し初の一軍登板も経験。飛躍が期待されたシーズンだったが、2軍では防御率2.87の好成績を残しながらも一軍での登板機会に恵まれず。大型戦力に阻まれた格好に。

球速・制球・変化球に突き抜けた武器がなかったのが痛かったか。結局「二軍の帝王」から抜け出せないまま終わってしまった。現在は巨人の打撃投手。

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63 会田有志

(3登板 0勝0敗 1.80)

近年では数が少なくなったアンダースロー投手の1人。父親の会田照夫氏もプロ野球選手といういわゆる親子鷹選手。

前年の2007年は前半戦に中継ぎの柱として活躍しており、後半戦こそ息切れしたものの更なる飛躍が期待されていた。しかし前年の疲労が抜けきれておらずボールが走らなくなり、わずか3試合の登板に終わる。

翌2009年に引退。当時まだ25歳であり、「まだやれる」との声も大きかったようだ。現在は巨人の三軍投手コーチ。

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67 加登脇卓真

(1軍登板なし)

かつて田中将大のライバルとして北海道の高校生投手の中でトップクラスと言われた投手。

しかしプロの壁は厚く、3年間で一軍登板はなし。二軍でも結果を残せぬまま3年間で戦力外に。

独立リーグを経て引退したのち、猛勉強の末に警視庁の採用試験に合格し警察官への転身を遂げている。また「警視庁野球部」の主力としても活躍しており、2016年には巨人三軍との練習試合にて巨人ファンの前に凱旋を果たした。

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68 栂野雅史

(13登板 0勝1敗 21 1/3回 4.64)

直球とスライダーがウリの本格派即戦力右腕。

横浜との争奪戦の末に2006年に巨人に入団。再現年度の2008年には、キャンプとオープン戦で好調をキープし、なんと開幕ローテ入り。開幕第3戦の先発を任された。

その試合で5回2失点と好投するものの勝ち星を逃すと、その後は中継ぎとの兼任になっていく。2008年では3試合で先発機会を得るも勝利は挙げられなかった。

結局2008年がキャリアハイ。プロで未勝利のまま現役を引退した。現在は巨人の打撃投手。

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90 深町亮介

(一軍登板なし)

150km/hオーバーの速球と鋭く落ちるフォークを併せ持つ剛腕。近未来の抑え候補として期待されていた投手の1人。

だがこの手の投手にありがちな制球難も完備。一軍登板の試合ではストライクが入らず大炎上をかましたことも。

それでも1年目に一軍デビューを果たし飛躍の年となるはずだったが、二軍でも全くストライクが入らない状態に陥ってしまう。結果、わずか2年で戦力外になってしまう。

現在は愛知県内の学校で体育教師として勤務しているとのこと。

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91 オビスポ

(一軍登板なし)

オビちゃん。豪速球を投げ込むドミニカン。

かねてから潜在能力の高さには定評があり一度は育成から支配下に昇格したものの、肩の故障によって再び育成契約になってしまった。

それでも二軍でクローザーとして好投を続けたことが評価され7月に支配下に再昇格。二軍ではイニング数を大きく超える奪三振を記録した。

翌年に大きく飛躍し巨人のV3に貢献することになる。

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92 木村正太

(一軍登板なし)

縦のカーブが武器の若手右腕。

2005年の入団以来ずっと一軍投手陣の高い壁に阻まれ続けて二軍暮らしが続いた。それでも解雇されたり育成落ちにならなかったのは直球変化球ともに高いポテンシャルを保持していたからだろう。

そのためか翌2009年に一軍デビューすると中継ぎメインとして25試合に登板、防御率も3点台。能力の片鱗を見せていくことに。

しかしその後は怪我に泣き登板数が激減。2011年限りで引退した。現在は巨人のスコアラー。

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95 竹嶋祐貴

(一軍登板なし)

日本一小さい村が産んだ2007年度の北陸高校生ナンバーワン左腕。

故障を抱えた状態での高校生活であり甲子園未出場だったものの、高い潜在能力を買われて巨人に入団。

だが、真っ直ぐも変化球も「高校生レベルでは一流」だったもののプロでは目立った武器がない状態になってしまった。結果二軍でも結果を残せず3年で戦力外通告を受けた。

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