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【感想】『弱くても勝てます』開成野球はセイバーメトリクス的に”セオリー通り”の野球だった話

こんにちは。

 

今回は最近読んだ本の感想記事です。

 

『弱くても勝てます 開成高校野球部のセオリー』(髙橋秀実著 新潮社)

 

 

二宮和也さん主演でドラマ化もされ、大きな話題になったドキュメンタリー作品です。

 

舞台となる開成高校は東大合格者数1位の常連となっている超進学校。その野球部は1回戦負けの常連……かと思いきや、練習時間の短さを克服する独自メソッドのおかげで過去ベスト16にまで上り詰めた実績を持ちます。

 

 

その独自メソッドは今までの高校野球の常識とは180度逆の戦法です。いわば「弱者の戦法」です。

しかし、このチームの考え方や野球観を見ていくと、むしろセオリーに合った野球をしているのは開成野球じゃないか??という思いが浮かんできました。特にセイバーメトリクスに興味を持った状態でこの本を読むと、非常に”開成野球”に納得することができました。

 

『弱くても勝てます』で語られた野球観はどんなものなのか?そして、それがどうして”セオリー通り”なのか??ということについて考えていきます。

 

※ページ数のみの引用エリアはすべて『弱くても勝てます』からの引用です。

 

 

 

 

 

■あらすじ

開成高等学校は、毎年200人近くが東京大学に合格するという日本一の進学校である。」(p.10)

 

舞台となる『開成高校』は、受験業界では知らぬものがいないほどの超進学校

その野球部はと言うと、環境的にも能力的にも、強豪校とは決して言えない状況となっています(執筆当時)。

 

開成高校にはグラウンドがひとつしかない。他の部活との兼ね合いで、硬式野球部が練習できるのは週1回。それも3時間ほどの練習」(p.11)

「フライが上がると選手は球の軌跡をじっと見つめて構え、球が十分に近づいてから、驚いたように慌ててジャンプして後逸したりする」(p.12)

「そもそも彼らはキャッチボールでもエラーする」(p.12)

そんな開成高校ですが、平成17年(2005年)の夏の東京都予選でベスト16まで進んでいます。

1回戦 開成 10-2 都立科学技術高校

2回戦 開成 13-3 都立八丈高校

3回戦 開成 14-3 都立九段高校

4回戦 開成 9-5  都立淵江高校

5回戦 開成 3-10 国士舘高校

進学校の野球のイメージとして抱きがちな「緻密で細かい野球」「1点を守り抜く」とは真逆のスコアが並んでいます。

 

どういうことなのか……?その理由が開成野球の神髄となる部分です。

この本は、開成野球部の選手たちに実際に取材をしながら、開成野球部の戦いの道筋を書いた本になっています。

 

 

■開成野球とはどんな野球? 

 

開成の野球を一言で表すと、「超攻撃型野球」「取られた分の点は打って返す野球」でした。

 

本が出版された当時に開成高校を率いていたのは東大野球部出身の青木監督。彼の野球論は実に単純明快で、それでいて奥が深いものでした。

「一般的な野球のセオリーは、拮抗する高いレベルのチーム同士が対戦する際に通用するものなんです。同じことをしていたらウチは絶対に勝てない。普通にやったら勝てるわけがないのです」(p.16)

「1番に出塁させて確実に点を取るというセオリーですが、ウチには通用しません(中略)そこで確実に1点取っても、その裏の攻撃で10点取られてしまうからです」(p.17)

「『10点取られる』という前提で一気に15点取る打順を考えなければいけないわけです」(p.18)

前述のように、開成高校は守備力も投手力も揃っていないチーム。そんなチームが勝つためには失点を上回る得点を叩き出すしかない、という考え方です。

 

青木監督は、実際に高い攻撃力を叩き出すための考え方として以下のことを述べています。

まずは打線論から。

「1番から強い打球を打てる可能性のある選手です。2番に最も打てる強打者を置いて、3番4番5番6番までそこそこ打てる選手を並べる。そうするとかなり圧迫感がありますから」(p.18)

「打順を輪として考えるんです(中略)輪として考えれば下位も上位もありません」(p.18)

「いったん勢いがつけば誰も止められません。勢いにまかせて大量点を取るイニングをつくる」(p.18~p.19)

次に試合への考え方について。

送りバントのように局面における確実性を積み上げていくと、結果的に負けてしまうんです」(p.17)

「我々のようなチームの場合、(中略)確率は1%かもしれませんが、それを10%に引き上げれば大進歩だと思うんです」(p.19)

次に打撃へのスタンスについて。

「打撃で大切なのは球に合わせないことです」(p.29)

「球に合わせようとするとスイングが弱く小さくなってしまうんです。タイミングが合うかもしれないし、合わないかもしれない。でも合うということを前提に思い切り振る。空振りになってもいいから思い切り振るんです」(p.29)

「『思い切り飛ばす』と言い続けた方が目標も単純で明快ですから」(p.37)

最後に守備について。

「守備というのは案外、差が出ないんですよ」(p.20)

「すごく練習して上手くなってもエラーすることはあります。逆に、下手でも地道に処理できることもある。そのうち猛烈な守備練習が生かされるような難しい打球は1つあるかないかです。我々はそのために少ない練習時間を割くわけにはいかないんです」(p.20)

「球がストライクゾーンに入らないとゲームになりませんから、それは相手に対して失礼なんです(中略)試合をするには、打たれるにせよストライクを安定的に入れなければいけないんです」(p.24)

 

ここまでの青木監督の考えを要約してみると

・打てるバッターから前に置く。ただし最強バッターは2番に置く。

・攻撃で心がけるのは大量得点。1点を積み上げるのではなく、取れる時に取れるだけ点を取る。

・ミートよりも強振。強い打球を放つことを最優先。

・守備は最低限でいい。投球も四球で試合を壊さなければいい。

となります。

 

この作戦を青木監督と著者は『ドサクサ』と表現していました。

確かに、一般的な高校野球のセオリーとは異なる野球でしょう。

 

しかし、どうも僕には違った思いが芽生えていました。

 

これはむしろ、セイバーメトリクスの観点からすると”セオリー通りの野球”なのではないか?

ということです。

 

■開成野球とセイバーメトリクス

 

開成野球の考え方をセイバーメトリクス的に考えてみましょう。

セイバーメトリクスの理論の参考として、蛭川晧平著『セイバーメトリクス入門』(水曜社)を参照しております。

 

 

①打順

開成野球部の作戦は「打てるバッターから前に置く。ただし最強バッターは2番に置く。」というものでした。

セイバーメトリクス入門』では、打順の考え方において以下の記述があります。

「最も基本となる考え方は得点創出能力*1から順番に並べるというものです」

「第一のグループは1番・2番・4番です。これらの打順はおおむね同等に最も重要であり、チームで打力が高い3人の打者をここに入れるべきとされます」

「次に重要なのが3番と5番で、上位3人に次いで優秀な2人をここに入れることになります」

(『セイバーメトリクス入門』より引用)

つまり、打てる順に前から並べることはセイバー的に理に適っている組み方ということになります。

 

 

②野球観

青木監督の野球観は「攻撃で心がけるのは大量得点。1点を積み上げるのではなく、取れる時に取れるだけ点を取る」というものでした。つまり、得点の最大化を心がけていると言い換えることが出来ます。

 

セイバーメトリクス入門』で再確認された”野球の意義”は以下のようなものになります。

「試合の目的は相手チームよりも多くの得点を挙げて勝利することです」*2

「試合に勝つために打者が行う仕事は多くの安打を打つことではなく27個のアウトを奪われるまでにできるだけ多くの得点を生み出すことです」

つまり試合に勝つためには得点を失点より多くすることが不可欠ということです。当たり前だけど、無意識だとつい忘れそうになる原則です…。

 

開成高校野球部は守備が弱めのチームです。大量失点を覚悟する必要があります。その中で勝つには大量得点を挙げるしかありません。

27個のアウトカウントという制約の中で大量得点を手にするためには、必然的にアウトを献上しないで得点を手に入れる必要が出てきます。その中ではバントは不要な作戦になります。

≪得点期待値表≫*3

無死1塁 0.804点 → 1死2塁 0.674点

無死2塁 1.071点 → 1死3塁 0.917点

無死1.2塁 1.386点 → 1死2.3塁 1.337点

≪得点確率≫

無死1塁 40.2% → 1死2塁 39.4%

無死2塁 60.3% → 1死3塁 62.4%

無死1.2塁 60.7% → 1死2.3塁 62.5%

(『セイバーメトリクス入門』より引用) 

このように、バントをしても得点増加には結び付きにくいことが見てとれます。*4

バント等を排除して打って打って打ちまくる作戦は、得点最大化のためには最適の作戦だったということですね。

 

 

③打撃へのスタンス

青木監督の打撃へのスタンスは「強い打球を打て」「当てにいくな」ということでした。言いかえると単打より長打を狙えということになります。

 

先ほどの”野球は27アウトを取られるまでに得点を最大化させる”考えに基づくと、「バットには当てたが凡打になる」ことも「バットに当たらず三振する」ことも同じ”アウトが積み重なる行為”と捉えられます。

攻撃の目的が得点の最大化な以上、(ミートできる可能性が同じなら)単打より長打を積み重ねた方が得点に貢献できるのは明確なはず。また、強振することで打球スピードが上がるために凡打コースに飛んだ打球がヒットになる可能性も考えられます(例:三遊間のゴロ)。

 

いずれにしてもミートでの単打狙いより強振狙いの方が、大量得点に結びつく確率は高くなります。

 

 

④攻撃と守備のバランス

開成野球の最後の特徴は「守備は最低限でいい。投球も四球で試合を壊さなければいい」つまり打撃>守備という比重ということでした。

 

セイバーメトリクスの提唱者のビル・ジェームス氏は以下のような発言を提唱しました。

投手の貢献度について、セイバーメトリクスの祖ビル・ジェームズは自身が提唱するWin Sharesにおいて、守備における投手の責任は60%~75%としており、攻撃と守備の重要度を概ね48:52と設定している[19]。彼の理論を適用すれば、野手の攻撃責任(100%)=投手の守備責任(70%)+野手の守備責任(30%)となるため、1試合の貢献度は野手の方が大きくなるのである。

( Wikipedia『WAR (野球)』より引用)

Win Shares(ウィン シェアーズ、WS)とは、野球選手を評価する指標の一つ。

ビル・ジェームズにより考案された、選手の総合的な貢献度を表す指標である。選手がチームの勝ちにどれだけ貢献したかを算出した指標。

(Wikipedia『Win Shares』より引用)

 

この考え方と、前述の「勝利するためには得点>失点が不可欠」という考え方を合わせると、野手は守備よりも打撃を向上させる方が手っ取り早く勝利に貢献できるという考えが導かれるはずです。

少なくとも、週1回・3時間しか練習できないという制約下では、守備の練習より打撃の練習に時間を割くという作戦は妥当なものであるといえます。

 

 

こうしてみると、青木監督が目指していた「セオリーと違う」「ドサクサ」野球は、実は理に適った野球をしていたことが見えてきます。

マチュア野球の監督なども開成野球から見習うべき点は多いのではないでしょうか。

 

 

 ■最後に

いかかだったでしょうか。

 

『弱くても勝てます』はノンフィクションドラマとしても面白いし、開成高校生の考え方を知る上でも良著だと思います。

 

その中で、野球をマニアックに見る人間から見ると「野球観の面でも面白い知見を与えてくれる本なんだ!」と思ったのです。そのことを伝えたくなってこの記事を書かせていただきました。

 

セイバーメトリクスの論証としては不十分な点も多くありますので、その点はご理解いただければと思います。。。

 

御覧いただきありがとうございました……!!

 

*1:要するに打てる+出塁できる打者

*2:野球規則に記載あり

*3:特定の条件下で何点入ることが期待できるか

*4:この数値は「バントが100%成功した想定」なので、バント成功率が低くなればそれだけバントによる得点期待値も得点確率も低く見積もられます